配偶者の遺贈・贈与に関する持ち戻し免除の推定
Aさん(姉)・Bさん(妹)という姉妹がいます。
Aさんは独身ですが、Bさんは結婚しており、Bさんは結婚する際、結婚に必要な資金や土地建物を両親に用意してもらいました。
このように、一部の相続人だけが特別に得ていた利益を「特別受益」といいます。
特別受益がある場合、Aさんの視点で考えると、Bさんは両親が他界した際に相続財産(遺産)になる部分を結婚する際に事前にもらっているため、相続人間(AさんとBさん)で不平等が生じる原因となります。
それなのに、このような特別受益を考慮しないで相続財産を分けるのは、Aさんからすると納得できませんよね。
本来であれば相続をする際には特別受益を考慮して相続財産を分けるのですが、その例外が「配偶者の遺贈・贈与に関する持ち戻しの免除の推定」です。
今回はこの制度について解説していきます。
目次
そもそも特別受益とは?
配偶者の遺贈・贈与に関する持ち戻しの免除の推定を理解するためには、前提となる「特別受益」と「持ち戻し」を押さえておく必要があります。順番にみていきましょう。
特別受益とは
特別受益とは、先ほどのAさんとBさんの事例でもみたように、①一部の相続人だけが故人(被相続人)から生前に贈与を受けていた場合、②贈与された財産を遺産の「前渡し」と考え、③実際に相続が発生した際に調整を行うために作られた考え方です。
自分が受け取ったお金などが特別受益になるかならないかはケースバイケースになります。
他の相続人との関係性や故人の資産といった様々な要因に左右されるため、○○円以上の財産を受け取ったら特別受益になるという基準はありません。
特別受益の持ち戻し
特別受益の持ち戻しとは、簡単に説明すると、「Bさんが受けとった特別受益の金額を遺産分割をする際に遺産の額に含める」ことを言います。
AさんとBさんの例のように、誰かが特別受益を得ていると相続人間で不公平が生じます。
特別受益の持ち戻しでは、このような不公平を解消するために、特別受益の分の金額を遺産の金額に含めた上で、それぞれの相続人が相続することができる具体的相続分を計算します。
なお、特別受益の持ち戻しでは、特別受益分の金額を返金するわけではありません。
特別受益で得た金額を計算し、それを故人の遺産の金額と合算した上で、それぞれの相続人に割り当てる具体的な相続分を計算します。
次のCaseをご覧ください。
【Case1】
1. AさんにはBさんCさんという子供がいます。
2. Bさんは大学進学の際上京し、そのまま東京都で就職し地元に戻る予定はありません。
3. Cさんは高校卒業後、映像クリエイターになるために上京を希望していましたが、最終的には家業の旅館を継ぐために修行をはじめ、現在では社長をしています。
4. Cさんは実家の旅館を継ぐ際に、Aさんが練馬区に持つ不動産の一部(当時Aさんが他界した際の評価額は5000万円)を生前贈与されました。
5. Aさんが他界し、相続が発生しました。
6. Aさんの遺した財産は、総額で4億円でした。
※Aさんの妻はすでに他界しているものとします。
このようなCase1をもとに特別受益の持ち戻しについて考えてみます。
Aさんの妻はすでに他界しているので、Aさんの相続人はBさんとCさんです。
特別受益の持ち戻しを行わずに法定相続分通りに相続持分を計算すると、相続財産である4億円を半分ずつ相続するため、Bさんが2億円、Cさんが2億円相続することになります。
これに対して、特別受益を考慮して相続分を計算すると、Cさんが事前にもらっていた不動産の評価額5000万円分をCさんの相続持分から差し引きます。
それにより、Bさんが2億5000万円、Cさんが1億5000万円をそれぞれ相続することになります。
ここが変わった!「配偶者の遺贈・贈与に関する持ち戻し免除の推定」
特別受益の持ち戻しの免除
特別受益の持ち戻しは一定の場合に免除することが可能です。これを「特別受益の持ち戻しの免除」といいます。
先ほどのCase1をもう一度みてみましょう。
Case1では、本来は上京して自分の夢を叶えたかったCさんは家族のために上京の夢を諦めて実家を継いでいます。
このような場合、Cさんに対してある程度のインセンティブ(メリット)を与えないと可哀想ですよね。
特別受益の持ち戻しの免除が用いられる場合は様々ですが、例えば今回のCase1のような場合に利用します。
従来、特別受益の持ち戻しの免除が認められるのは、故人が遺言書などで相続人に対して、「過去の〇〇の生前贈与は特別受益の計算対象から外した上で遺産分割をする。」といった意思表示をした場合だけでした。
つまり、2019年に法律が改正される前までは、特別受益の持ち戻しの免除を行うためには常に故人(被相続人)の「意思表示」が要求されていたのです。
そのため、遺言書などで持ち戻しの免除について書き忘れたような場合や、そもそも遺言書が無いような場合では、基本的に持ち戻しの免除は認められませんでした。
それでは、持ち戻しの免除が認められないとどのような問題が発生するのでしょうか。次のようなCase2を見てみましょう。
【Case2】
1. AさんとBさんは夫婦です。Aさんは妻であるBさんのために千代田区神保町にある住居の建物と土地を遺したいと思い、Bさんに対して生前贈与を行いました。
2. ある日Aさんが遺書などを残さずに急逝し、相続が発生しました。
3. AさんはBさんの得た特別受益(千代田区の住居)の持ち戻しを免除する意思表示をしていなかったため、Bさんは生前贈与で受け取った住居分の金額を本来の相続分から差し引かれることになりました。
4. Aさんの財産は、住居以外にはわずかな預金があるだけだったため、Aさんの遺産のほとんどはBさんに生前贈与された住居のみになり、Bさんは仕方なく住居を売却し、現金化した上で遺産分割することになりました。
Case2では、Aさんが特別受益の持ち戻しの免除の意思表示をする前に亡くなってしまいました。
2019年に法律が変わる前までは、故人(被相続人)の意思表示が無ければ特別受益の持ち戻しの免除が基本的に認められなかったため、Aさんがせっかく妻のために住居を遺そうと生前贈与したとしても、その意思が相続で反映されませんでした。
それにより、Bさんは泣く泣く住居を換金し、住み慣れた家を手放さざるを得ないといった問題が発生しました。
Bさんがいわゆる専業主婦だった場合、Aさんの遺産はわずかな遺産だけであることから、遺産分割後の生活が脅かされる可能性があります。
長年連れ添った配偶者がこのように不利に扱われることは、故人(被相続人)の意思に反するものであることが多く、実務上問題であるという指摘が多々されていました。
そこで、一定の条件はあるものの、配偶者が住む建物や敷地の遺贈や贈与は、故人(被相続人)の明示的な意思表示がなくても、特別受益の持ち戻しの免除と考える(推定する)ように法律が改正されました。
これによって、配偶者は故人(被相続人)が持ち戻しの免除の意思表示をしていたということを証明する義務がなくなり、以前よりも意思表示がない場合の持ち戻しの免除が認められやすくなりました。
※この法律の改正によって、特別受益の持ち戻しの免除を否定したい相続人は、自分で「故人(被相続人)は特別受益の持ち戻しの免除をする意思がなかった」ことを証明しなければいけなくなりました。
それでは今回の改正について具体的にみていきましょう。
配偶者の遺贈・贈与に関する持ち戻し免除の推定
手続方法は書面を郵送する方法と、オンライン上で行う方法の2つがあります。
配偶者の遺贈・贈与に関する持ち戻し免除の推定をするための具体的な要件は次の3つです。
① 婚姻期間が20年以上であること
② 遺贈や贈与を受けた人が故人(被相続人)の配偶者であること
③ 遺贈や贈与をした財産が居住用の建物や土地であること
要件の①と②は、「婚姻期間が20年以上であること」と「遺贈や贈与を受けた人が故人(被相続人)の配偶者であること」です。
そもそも論として、特別受益の持ち戻しの免除の推定がなぜ認められるようになったかというと、故人(被相続人)と長い間夫婦生活を共にしてきた配偶者の住む場所を確保するためです。
このような理由から、免除の推定を行うためには、婚姻期間が20年以上であり、かつ故人(被相続人)の配偶者であることが要求されます。
それでは、極端な例ですが、結婚と離婚を繰り返していたような場合はどうでしょうか?
「婚姻期間が20年以上であること」が要件とされているため、そのようなケースでは配偶者であった期間を通算して20年以上であれば良いと考えられています。
次に要件②は、「遺贈や贈与をした財産が居住用の建物や土地であること」です。
居住用の建物や土地という要件ですが、これは今現在住んでいない家であったとしても対象になるのかが問題になります。
この要件の判断基準は、(基本的に)遺贈あるいは贈与が行われた時点で住んでいたか否かです。
つまり、利用目的が決まっていない土地や建物を遺贈あるいは贈与したとしても、持ち戻しの免除は推定されないことになります。
※なお、遺贈あるいは贈与をした時点で、その土地や建物に近い将来住むという具体的な予定がある場合は、持ち戻しの免除が推定される場合もあります。
遺贈・贈与に関する持ち戻し免除の推定の注意点
遺贈・贈与に関する持ち戻し免除の推定では、必ず覚えておくべき注意点があります。最後にこの点について解説します。
特別受益と遺留分
「遺留分」という言葉を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に対して最低限保障されている遺産の取得分のことを言います。
相続人である子供や配偶者は、故人(被相続人)が他界した際に遺された財産の一定割合を相続する権利を持っています。
この権利は例え遺言書があったとしても奪うことはできません。また、特別受益の場合も例外ではなく、持ち戻しの免除は認められません。
特別受益を得た相続人がいる場合、このような遺留分を計算する際にその特別受益を考慮する必要があります。
法定相続人に対する贈与等は、①婚姻をするために行われた贈与、②養子縁組をするために行われた贈与、③生計の資本としての贈与については、遺留分の計算をする際の特別受益の持ち戻しの期間が相続開始前の10年間に行われたものに限定されました。
しかし、遺産分割協議による特別受益の持ち戻しは、このような10年間という期間の限定がなく、10年以上前の贈与でも特別受益の持ち戻しが行われる可能性があります。
このことを踏まえると、配偶者の遺贈・贈与に関する持ち戻し免除の推定で持ち戻しを否定したとしても、他の相続人から遺留分に相当する部分(遺留分侵害額)を請求されてしまう危険性があることに注意する必要があります。
この点については必ず覚えておきましょう。
おわりに
今回のコラムでは、2019年の法律の改正で導入された「配偶者の遺贈・贈与に関する持ち戻し免除の推定」について解説しました。
言葉だけを聞くと難しく感じるかもしれませんが、内容そのものはそこまで難しくありません。
この法律の改正によって、配偶者は故人(被相続人)が持ち戻しの免除の意思表示をしていたということを証明する義務がなくなりました。
これにより、長年苦楽を共にした配偶者に対して、円滑に住居を遺すことが可能になりました。
この改正については必ず押さえておきたいですね。
しかし、注意点もあります。それは遺留分です。
今回のコラムでご説明したように、配偶者の遺贈・贈与に関する持ち戻し免除の推定で持ち戻しを否定したとしても、他の相続人から遺留分侵害額請求をされる危険性は残ります。
相続財産と遺留分の計算は複雑な場合があるため、税理士、司法書士、弁護士といった専門家に相談することをおすすめします。
また、本来であれば、配偶者の遺贈・贈与に関する持ち戻し免除の推定を使うシーンはあくまで例外的であるべきでしょう。
他の相続人から、「故人(被相続人)は配偶者に住居を遺す意思はなかったはずだ」と主張された場合、思わぬトラブルに発展する可能性があります。
そのような事態を防ぐためにも、遺言書の中で明示的に持ち戻しの免除について記載しておく方が賢明です。