認知症の人が書いた遺言書は有効?遺言能力と判断基準について現役司法書士が徹底解説。
遺言書を書くためには「意思能力」や「判断能力」が必要です。
このような能力がないと、適切な財産の分配ができないと考えられるためです。
有効な遺言書を書くことができる能力を「遺言能力」といいます。
したがって、世間一般では「認知症の人は遺言書を書くことができない」というイメージがあると思います。
しかし、認知症だからといってただちに遺言書を書くことができなくなるわけではありませんし、認知症の診断が出ていなかったとしても遺言書を書くことができない場合も存在します。
本コラムでは認知症の人が書いた遺言の有効性や遺言能力の判断基準について詳しく解説していきます。
目次
遺言能力とは
まず、遺言を作成するために必要とされている遺言能力について詳しくみていきましょう。
求められる行為能力
民法では、「十五歳に達した者は、遺言をすることができる」との遺言の行為能力を定めた規定をおいています。
15歳未満の人は、どんなにしっかりした人であっても有効に遺言を作成できる余地はありません。 他方、15歳に達していれば、未成年であっても遺言書を書くことができます。
求められる意思能力
遺言書を作成するうえで求められる意思能力については、売買や贈与などの通常の取引よりも低い程度の能力で足りるとされていると言えます。
というのも、遺言に関しては、民法総則の制限行為能力に関する規定は適用されないことになっているのです。
また、事理弁識能力を欠く常況にあるとされている成年被後見人であっても、一定程度遺言能力を回復した状態にある場合には、医師2名以上の立ち合いを条件として遺言書を作成することを認めています。
このようなことから、遺言書を書くのに求められる意思能力は、取引上の行為能力よりも低い程度のもので足り、実務においては、遺言の内容を具体的に決定し、それによりどのような結果が生じるかをある程度認識できていればよいことになります。
簡潔に言うと、自分の財産を誰にどのように分配して、それによりどうなるか認識できているかどうか、ということです。
したがって、認知症の人が書いた遺言書の有効性が問題になるケースとしては、主に、この意思能力を有していたかどうか、が多いことになります。
認知症の判断方法
さて、そもそも、認知症かどうかはどのように判断するのでしょうか。
これについては、結局のところ医師が判断することになりますが、以下のような方法で認知症か否かの判断をしています。
神経心理学検査
代表的な方法として以下の2つがあります。
①改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
9項目の設問によって構成された簡易的に知能評価ができる方法です。30点満点中20点以下だと認知症疑いとなり、点数が低いほど重度の認知症であるとされています。
簡易的に知能評価ができるため、多く活用されていますが、ひとつデメリットがあります。
それは、本人の体調や気分によって結果が変わることも多いことです。したがって、改訂長谷川式簡易知能評価スケールの点数のみを根拠として認知症と判断されるわけではありません。
②ミニメンタルステート検査(MMSE)
11項目の設問によって構成された検査であり、見当識だけでなく計算力や図形の描写力なども検査の対象となります。
30点満点中23点以下だと認知症疑いとなり、27点以下だと軽度認知障害の疑いとされます。
脳画像検査
神経心理学検査だけで認知症と診断されるわけではなく、あくまで上記の検査の結果、認知症の疑いが生じた場合には、次の段階として脳の萎縮状態を把握するためにCTやMRIといった脳画像検査を実施します。
認知症にもタイプがいくつか存在するため、これらの検査を実施することで認知症の進行度やタイプを確認することができます。
認知症の方が書いた遺言書の有効性の判断基準
認知症の人が書いた遺言書が有効か否かは、主に、以下の3点を総合的に考慮して判断されることになります。
①遺言書作成当時における遺言者の心身の状況
②遺言内容それ自体の複雑性
③遺言内容の不合理性、不自然性</strong >
以下ではそれぞれの判断基準について詳しくみていきましょう。
遺言書作成当時における遺言者の心身の状況
遺言者が前述のような検査をした結果、認知症と診断されている場合には、遺言能力が無いと判断される可能性は高まりますが、それだけで直ちに遺言能力が否定されるわけではありません。
遺言能力の有無については、以下のような医学的観点と行動観察的観点から判断していく必要があります。
①精神医学的疾患の存否
②遺言者が罹患していた精神医学的疾患の頻度
③遺言者が罹患していた精神医学的疾患の症状の内容や程度
④遺言書作成当時またはその前後の遺言者の言動及び精神状態
遺言能力の有無は一律に決まるものではなく、遺言内容との関係で相対的に決定されます。
したがって、遺言能力の判断には、遺言書作成当時の行動から、遺言者がどの程度複雑な内容の遺言を理解することができたのかを考察する必要があります。
遺言内容の複雑性
遺言書の内容が複雑であればあるほど、求められる判断能力は高度なものになります。
例えば、全ての財産を長男に相続させる、という内容と、不動産・預貯金など個別の財産ごとに相続させる相手が異なる内容の場合には、後者のほうが高度な判断能力が求められます。
遺言書は、内容を理解した上で書いていることが前提のため、内容が複雑になればそれだけ必要な判断能力は高度なものとなります。
遺言内容の不合理性・不自然性
生前の遺言者と相続人や受遺者との関係を考慮して、遺言内容自体およびその内容にした意図と実際の遺言者と相続人や受遺者との関係性に乖離があると推定される場合には、不合理な遺言内容と判断される可能性があります。
結果として、遺言能力が否定されやすい状況といえます。
また、遺言書の内容変更は遺言書の方式に従っている限り自由にできますが、何度も遺言の内容を大きく変更している場合には、不自然な遺言内容と判断される可能性があります。
これら遺言内容の不合理性・不自然性は、生前の遺言者と相続人や受遺者との人的関係・交際状況、遺言書作成に至る経緯といった遺言書作成当時の様々な事情を総合考慮することになります。
遺言の有効性が争われている場合の解決方法
まず、全ての相続人が遺言書を無効であることを認めていても、適切に遺産分割協議をすることができれば何ら問題はありません。
問題になるのは遺言書を有効と主張する相続人と無効と主張する相続人で対立した場合です。
この場合における解決方法は以下の2つです。
遺言無効確認調停
故人の遺言書が無効であることを相続人全員が納得しない場合には、まずは家庭裁判所に対して遺言無効確認調停を申し立てることになります。
家庭裁判所の調停委員が間に入って、遺言書の有効性について相続人間で合意ができるように話し合いを進めます。
遺言書が無効であることについて相続人全員の合意が成立した場合には、調停が成立しますが、一人で異議を唱える相続人がいる場合には、調停は不成立となり、次の訴訟に発展していきます。
遺言無効確認訴訟
調停が不成立となった場合には、地方裁判所に対して遺言無効確認訴訟を提起する必要があります。
認知症を理由として遺言書が無効であることを主張する場合、前述の遺言能力の判断基準を踏まえて、遺言者にはその判断能力が無かったことを具体的に主張・立証する必要があります。
それには故人の日記や手紙、メールのやりとりの履歴、病院のカルテや診断書を収集するといったことをするのも有効です。
遺言無効確認訴訟では、裁判所が判断をするため、相続人間の合意は不要です。
訴訟の結果、遺言書が無効と判断された場合には、遺言書は存在しないものとして扱われます。
したがって、訴訟終結後は相続人間であらためて遺産分割協議を行う必要があります。
終わりに
認知症だからといって、ただちに遺言書が書けない、書いたとしても無効になる、というわけではありません。
ただ、遺言の有効性が争われるケースの多くは遺言書の内容に不平不満を持つ相続人がいると考えられます。
その場合に、認知症を理由として遺言書の無効を主張されてしまうことがあります。
遺言の有効性を争うとなると、調停や訴訟をすることになり、長期間相続手続を進めることができません。
遺言書は体調が悪くなってきたり、判断能力が低下してきたと感じた場合に作成を考えるケースが多いと思いますが、このようなことを避けるためにも早めの作成をおすすめします。
一人で遺言書の作成をするのは難しいと感じる方は専門家へ一度相談をしてみてはいかがでしょうか。